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宿代3000円+夕食代1000円分を払ったら、予想通り財布はすっからかんに。こっちも、さっぱりとすがすがしくなった(涙)。現地通貨がないというのは、どうにも心もとない。町へ出て早く現金を手に入れねば。 昨夜、宿に着く直前に通り過ぎた巨木をもう一度見に行った。確かに、レバノン国旗中央 に描かれているレバノン杉と形が似ている。昨夜の宿はスキーロッジ風。この辺りは冬場はスキー場になるようだけど、森林はあまりなく、どちらかといえば不毛な荒涼とした景色だ。少しでも緑化しようとしているのか、道沿いには苗木が植えられていた。 でも、こんな若木があんな巨木になるには、何千年もかかるに違いない。
昨夜の悪夢から一転、晴天の下の山岳ドライブは非常に気分爽快。ルンルルーン、なんて鼻歌まで出ちゃいそうなくらい。
朝もや?朝食の支度?何か宗教的儀式?白い煙にかすんだ谷間の村には、シリアではあまり見かけなかった教会が立ち並んでいた。
イスラム教徒が多数派のシリアと違って、レバノンの宗教構成は 谷をはさんだ向こうの崖の上にも村が見える。雨でも降ったらすぐ流されちゃいそうな、台風でも来たらすぐに飛ばされちゃいそうな、周りに何もないむき出しの台地だ。あんな崖の上で、一体何を生業として暮らしているのだろうか。
30分も走ると、ようやく海が見えてきた。次に目指すのは、地中海に面したレバノン第2の都市、トリポリ(Tripoli)。地元ではアラブ名のトラブロス(Tarabulus)で呼ぶので、昨日から道を聞くたびに「トラブロス?」と行く先を指差して確認してきた。かつて、フェニキアの3都市同盟の中心地であったた
街中はまたぐるぐるした迷路状態だ。車で中に入るのは危険。要塞跡下に駐車し、少しだけ歩いてみることに。 アパートの谷間の坂道を親子がのぼっていった。町中の道は複雑な上にアップダウンもはげしい。
これ以上深入りするのはやめておこう。今日中にビブロス観光をしてからベイルートまで戻り、車を返してまたダマスカスまで行かなければならないのだ。
そうしないと明日の帰国便に乗れなくなってしまう。ゆったりしてる場合じゃない。急げ急げ。でもお腹がすいたから、ちょっと遅めの朝食をとったらすぐでかけよう。
そういうわけで、お客さんがたくさん入って活気付いていた大衆食堂みたいなとこに入ってみた。
どうせメニューを見てもわからないし、周りを見渡して、「あれと同じの」って頼んでみる。見た目、白いヨーグルトにナッツがぽつぽつって感じ。まずくてとても食べられなかったらどうしようと思っていたが、ヨーグルトの下はゆでたヒヨコ豆やら、パンを何かにひたしたようなものやら、とにかく形容し難いいろいろなものが入っていて、でも案外おいしくて、量が多すぎたので最後まで食べきれなかった。
穴ぼこだらけのコンクリートからむき出しの鉄骨。銃撃戦の残骸
が修復されずに残されているのは、なぜだろう?一旦停戦してもすぐまた紛争がが始まる、そんな断続的な内戦に、直しても無駄とあきらめてしまっているから? 誰かが、かたまりかけた歩道のコンクリートに足跡を残していた。その靴跡の上には、ダビデの星 (イスラエル国旗の中心に描かれているユダヤの象徴)が彫られている。イスラエル勢力は撤退したはずの北レバノンの町に、なぜ ?それとも、ダビデの星を踏みつけるぞ、との意味でもあるのだろうか?
レバノン訪問後、中東情勢に少し敏感になり、2005年のイスラエル軍の撤退、シリア軍の撤退、翌年イスラエル軍によるレバノン侵攻、2008年のシリア・レバノンの国交樹立など、中東のニュースが入ってくると耳を傾けるようになった。
まるで、ブロックを積み上げたような密集した住宅地。日本も、都会では隣家との隙間は殆どないほどひしめきあって生活しているけれど、トリポリもまた同様だ。
トリポリを出発して、1時間ほどでビブロスByblos(アラブ名ではジュベイルJbeil)へ到着。車で進むと、海のすぐそばに大きな駐車場があった。観光バスもたくさん泊まっている。この町は、首都ベイルートからも約30kmと近く、世界的な古代都市でもあり、白砂の美しい海岸
も有する人気の観光地なのだ。そのため、レバノン観光の3B(Beirut/Baalbeck/Byblos)のひとつといわれている。 アルファベットの元になったと言われるフェニキア文字はこの地で誕生した。ビブロスがバイブル(聖書)の語源となったとする説もある。遺跡入口の中世風のお城、シタデルの中に、フェニキア文字が飾られていたけれど、現在のアルファベットに似た形ではないように思われた。
そのお城から眺めると、遺跡の周りにはベージュの石造りにアーチ型の門、赤い屋根、たくさんの緑、南国風の明るい花が眼に入った。南欧リゾート地の様相だ。 |
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さて、ゆっくり遺跡を回っている暇はない。先へ急げ。 バスターミナルへはタクシーで行き、ダマスカス行きのバスをすんなり見つけて一安心。うわー、今度は日本の観光バス並みにでっかいわ。 夕刻、バスは出発。行きとまったく同じ道を戻る。ベイルート〜ダマスカス間は120km位しかないが、国境でのビザ確認に時間がかかるため、全員を待たなければならない乗り合いバスでは3時間以上かかった。外国人用の窓口はすいているのだが、それを見越して地元民が外国人窓口へとなだれこんでくる。そして、横の空いた窓から自分のパスポートを割り込ませてしまう。ヨルダン人とサウジアラビア人が口論していた。遠慮していると、すぐに列の後ろに追いやられてしまう。ああ、そういえばシリアの空港でも、整列乗車などせずに、みんな、我先にバスに乗り込んでいたっけ。 バスは飛ばしている。さすがにシリアのマイクロバスより乗り心地も格段によい。若い運転手さん、なんとベンツに戦いを挑んでいる。車間距離ギリギリで直前に割り込むなどして、嫌がらせ。どけどけモードのバスに抵抗した者は報いを受ける羽目になる。命を預けている身としては、ひやひやするよ、もう。 無事にダマスカスのバスターミナルにたどりついたのは、夜。ターミナルの食堂は既に閉店。もちろん、かの君の姿も見えなかった。あーあ、がっかり。
夕食は、通りを歩いていて見かけた食堂に入り、シシカバブを頼んだ。出てきた水が冷たくて
、疲れた体に浸透する。あぁー潤うー。これだけおいしいと、ビールはいらないね。 満腹、満足、よし元気になってきた、明日はダマスカスの心残りを巡ろう。 |
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コラム: レバノン杉 |
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レバノン杉は、レバノン国旗の中心に描かれ、レバノンにとっては国の象徴とも言うべき樹木である。 レバノン杉(学名:Cedrus libani)とは、マツ科ヒマラヤスギ属の針葉樹で、杉というより松に近い仲間。レバノンやシリアなどの高地が原産。 私がドライブしてきた辺り一帯は、古代メソポタミア時代には森林に覆われた緑豊かな土地だったらしい。
高さ40mほどのたくましい木に成長し、香り高く腐りにくい、つやがある等、建材・船材として優れた性質をもつレバノン杉は、古代から大理石建築や大型商船の建造に利用されてきた。フェニキア(現レバノン地域)人は、このレバノン杉で作った船を操って地中海から世界各地の海へ進出し、海上交易で栄えたのだった。
そんな、由緒ある樹木が、後先を考えない大量伐採が原因で、絶滅の危機にあった。1998年に文化遺産として世界遺産に登録され(カディーシャ渓谷と神の杉の森 )、現代ではわずかな数しか残されていないレバノン杉の救済活動が行われている。旅の途中で見かけた若木も、そんな保護活動の一環なのかもしれない。
手厚い保護により、現在は回復しているというが、昔のように豊かな森が戻るには、相当長い年月がかかる。
日本人にとっては、日本を象徴する鳥、トキの保護活動のようなものだろうか?
私の借りたレンタカーのナンバープレートの横にも、レバノン杉が描かれていた。 レバノン杉も、トキも、地球の環境も、大昔の幻として子孫の代の百科事典に載らないように、現代の私たちが守らなければならないものだ。
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<このページの最終更新日:10/06/04 >